マンダレイ

2005年/デンマーク(他6ヶ国出資) 2H19min

監督:ラース・フォン・トリアー

出演:ブライス・ダラス・ハワードイザック・ド・バンコレダニー・グローヴァーほか

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ドッグヴィルの続編。前作と同じく簡素な舞台で、8編からなるストーリーで奴隷問題を描いた映画。

Wikipediaさっぱりした説明が書いてあった。『観念的な「多数決主義」や「自由主義」を力ずくで押し付けることや、人間を類型に当てはめようとすることの愚かしさを描く。』とのことで、まさしくその通りでした。ちなみに舞台はもちろんアラバマ州

いきなり現れて『アイアムアメリカ。アイアム正義』といった振る舞い・言動を振りまくグレース(主人公)に嫌悪感というか、疑問を持った。最後まで持ったままだった。奴隷制度のなかに飛び込んで「自由」を唱え続けるグレースが登場人物のなかで一番差別に過敏だと感じた。

奴隷制度を撤廃して、民主主義的な考え方・共同体としての生活を教育しようとするのだけど、「昔からそうやってるから」と疑問を抱かない行為について、いちいち「そもそもどうして?なんのために?」と考えすぎるのは良いことばかりではないのかも、と思った。『絶対に切ってはいけないと言われてるから』と放置している森の木を「どうして駄目なの?切って家を修理しましょうよ!」とグレースが扇動してバリバリ切ったあと、実はそれが防砂林の役目を果たしていたと気づくのは顕著なシーン。見てられなかった。気づいたときにはもう遅い。何も考えずに放置していれば、あんなに飢えずに済んだのだ。

グレースだけが悪いわけじゃない。あれだけ大人がいて、毎年砂嵐が来るという事実を誰一人結びつけて考えられなかったのが悪い。でも、観ていて私はグレース帰れと思った。会津藩に合宿に行って「ならぬものはならぬ」と教え込まれてしょんぼりする(正座で)グレースを想像した。まぁ、パパが迎えに来るんだろうけど。会津藩まで。

 ドッグヴィルで受けたほどの精神的ショックはありませんでした。そしてそして、前作と地続きの続編なんだから、主演変えないで欲しかった!!ニコール・キッドマンの眼の力、迫力、あれがあったら感想も違ったかもしれない。前作と人間性の違うグレースとして観てしまった。

エンドロールは前作と同じ音楽が流れ、KKKや黒人隔離政策のころの惨たらしい写真がパッパッと流れていった。それを観ながら、なんていうか(何が伝えたかったのかよくわからなかったな)と思った。ナレーションがあるのだけど、決して客観的・第三者的な印象はなく、どちらかというとアメリカ寄りに傾いた、傾きすぎてアメリカのありかたを滑稽に批判しているような印象。前作も今作もアメリカは出資していないようだし、三作目”Washington”の公開がいつまでも延期されているのも…おっと誰か来たようだ。

<メモ>

・夜に口笛を吹いてはいけないとか、夜に爪を切ってはいけないとか、雷が鳴ったらおへそを隠すとか、そういうことを「そもそも何故…」と疑いだしたら、生きづらいよねえ。

・助けることは善ではない。

・華麗に去ろうと思ったら、自分が持ち込んだ「話し合い」のせいで時計がずれてるの忘れてパパに置いていかれるというのは良いですね。溜飲が下がる思い

・そもそもこれって何でこうなってんの?もっと工程削れん?と解体していくうちにどツボにはまって結局自分でイチからやり直す事が多い私は身につまされる思いもしました。疑問を持つと仕事って増えますよね!

▼前作です