ソーシャル・ネットワーク

2010年/アメリカ 120min

監督:デビッド・フィンチャー

出演:ジェシー・アイゼンバーグアンドリュー・ガーフィールドジャスティン・ティンバーレイクマックス・ミンゲララシダ・ジョーンズほか

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Facebook創始者マーク・ザッカーバーグを描いた映画。女の子に嫌われてゴタゴタしたり裁判でゴタゴタしたりする。

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びっくりするほどめっちゃつまらんかった。

この映画はたくさんの賞を受賞してるし、7年経てなおロッテン・トマトIMDbの評価も高い。好きな方も多いのでしょう。私はびっくりするほどめっちゃつまらんかったです。

これまで観たデビッド・フィンチャー監督の作品は全部好きなのですが、脚本との相性でしょうか。(脚本家まで記録するのはホトホト面倒なので深追いしませんが…。)いままでこの作品を観てなかった理由は単純に『題材に興味が無かったから』です。

物凄くつまらなくて落胆しました。「面白くない」と「つまらない」ってちょっと違って、「面白くない」は映画は『片足突っ込めてる感』というか少しでも入り込めてる状態だと個人的に思うのですが、「つまらない」は完全に画面と自分のあいだに温度差があり、線が引かれている感じです。わたしはこの映画の誰にも入り込めず、ずっと線が引かれていました。

評価されている部分がどういったところなのか?それを自分が汲み取れなかったことが、楽しみだっただけに酷く落胆しました。この映画を面白いと思う人々30人に取り囲まれて『ソーシャル・ネットワークの面白い部分を私に滔々と教え込む会』を開催してほしいほどに、開始30分くらいで観るのやめようかなと思った。日をまたぎながらも真面目に最後まで鑑賞しましたが、どの部分が…ウーン…と無駄な悩みがひとつ増えました。

 こんなに「1ミリ余さずつまんねー」と思う映画は個人的に逆に貴重なので、なんで?と真面目に考えました。やっぱし題材に興味がないのは大前提ですが、①常にずっと争ってて悪意しかない ②かといって胸を抉られるような、頭から水を浴びせられるような、感情を傷付けられる打撃が無い、とこかしらと思いました。

この映画が公開されたとき日本でも結構な話題になったことを覚えています、2010年。懐かしいなーと思いました。作中に出てくるMySpaceNapsterも懐かしいなーと思いました。タワレコNapsterのネコちゃんが一瞬だけ大きく宣伝されていましたよね。CDを売るお店なのにあれはどういう資本関係だったのか、ちょっと謎ですが調べるほどの興味はないです。

 

 この映画の時間軸と重なる2005年のひととき、私はトウモロコシ畑に囲まれた大学(※もちろんザッカーバーグとは違います)で過ごしていました。ちょうどその頃はアメリカではSNSの出始めで、そしてYouTubeが良くも悪くも躍進していた時代でした。

私が過ごしていたのは主要産業が農業の町で、日本で言われるそれとは比にならない『車社会』でした。意識して見ていたので断言しますが、自転車に乗ってる人/徒歩で歩いている人が1人も居ない町でした。歩けるやろがィ〜と思って畑に沿った真っ直ぐな道をテクテク歩いてると、運転している人々から遠慮なく変な目で見られました。でもスーパーマーケットやモールに着くとたくさんの人々で賑わっていて、ザ・シンプソンズみたいで(私はアメリカという国と言語をFOXチャンネルザ・シンプソンズで学んでいた)、不思議な気持ちになったことを今でもよく覚えています。

そんな世界でも、大学ではSNSもどきやYouTubeはみんな普通に使ってて『こんなど田舎でマジかよすげぇ!ほんまのナポレオン・ボナパルトや、こえぇ!』と思った記憶があります。パリピと真反対の行動性質、いわゆるスクールカーストnerdとカテゴライズされる人々も、パソコンの前ではキラキラした瞳だったことをよく覚えています。日本人と分かった途端「エヴァンゲリオンについて話を聞きたい」「ジュディマリとアユの音楽について教えて」とたくさん質問されて、嬉しい気持ちになることもたくさんありました。「古今和歌集について教えて」と言われた時、読んだことがないと言ったらメチャクチャがっかりされたのを思い出したので、自分もインド人に「ギーターについて教えて」と聞くのはやめようと思いますね。

そうした日々をなんとか乗り越え帰ってきた浦島太郎の私は、たくさんの人々が歩いたり自転車に乗っているH島駅前の風景をからっぽの心で見たのち、からっぽの心のまま表紙に惹かれ書店である雑誌を買いました。TIME誌の、2006年のThe person of the year号。私やあなたが表紙を飾っていました。

▼PC画面の部分が鏡のように反射する素材で印刷されており、自分の顔が映った

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当時、日本文化を勉強している人に「日本では実名で参加するタイプのサービスは普及しないだろう」と言われました。その時は、全く仰る通り!と思ってたのですが。いまや旅先で出会った人々とFacebookを通じて長年の交流が出来たり、人事部は配属前の新卒社員のFacebookを監視してその投稿についてアドバイスをしたり、そしてステークホルダーたちがそれらを楽しんで利用したり。国民性てたゆまず変化しますね。日本人は民族としてあらたな進化のステップに入った気がします。

ということ久しぶりに思い出し、いろいろ考えるきっかけをくれた、超つまんねー映画。

 

<メモ>

フェミニストが怒りそうな表現が多々あった。私は『性別に関係なく人間は平等だけど個体差に応じた役割分担はあるのが社会的生物として自然だよねー』というぬるい考えなのだけど、それでも目につく程あった。

・オタクっぽさの演出かと思ったけどたぶん脚本詰め込むために早口。シン・ゴジラ

・原動力がモテたい/稼ぎたい/嫌いな奴を見返したい等、プリミティブであればあるほど達成しやすいよなと改めて思った。疑いや迷いがないからだ。宗教に似ている。いま中国やインドの発展がめざましいのはそれとインフラが結びついたからだ。労働や職業訓練(教育)に従事していなくても最悪死ぬことはない国に住む私には敵わない原動力。かつての日本もそうだった筈だし、皮肉にもインドではいま精神病患者が増えているそうで(アーグラーに行くんだと言ったら、「それは精神病院に入院するって意味だよ」というジョークを教えてもらったことがある)。自分は暖かい布団でぬくぬく寝て過ごしていながら「いつまでも神を信じプリミティブな国であれ」と願う事に嫌気がさした。

・最初の、顔面で選択するやつTinderみたいで嫌悪感

Appleマークはギリギリ出ないけどVAIOマークはガンガン出てる、SONYすごい。

・製作総指揮にケビン・スペイシーの名が。デビッド・フィンチャーと仲良いんでしょうか。

 

▼1995年

▼2007年